日比谷 シアタークリエ

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クリエができるずっと前


みなさまこんにちは。クリエです。

花粉でお悩みの方もたくさんいらっしゃると思いますが、
だんだん春が近づいてきましたね!
気候も暖かくなってきましたので、クリエもふたたび外に出かけてみよう・・・と、
そう遠くまで歩かないうちに、面白いものを発見しました。


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この附近の江戸時代!?


これまで色々なクリエをお見せしてきましたが、
実はこう見えて、歴史も嫌いじゃないのです。


さて、この案内板を見てみますと、
なにやら安政3年(1856年)の江戸の様子と現在の地図を合わせていて、
その頃の日比谷公園や帝国ホテルの一帯が、大名屋敷で占められていることが
読み取れます。
安政3年といえば、いま話題の天璋院篤姫が将軍徳川家定に嫁いだ年ですね。
世の中が幕末に向け動き始めている時代でしょうか。


クリエは気になってきました。もちろんシアタークリエが昔どんな場所だったのかです!
ちょっと近づいてみましょう。

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ま き の び ん ご・・・
牧野備後守貞直と書いてあります。
常陸笠間藩(今の茨城県笠間市)の第8代藩主で、
江戸幕府の寺社奉行・大坂城代などの役をしていた方だそうです。
お隣の日比谷シャンテは、その牧野家の屋敷付近のようですね。

ということは、シアタークリエはその下ですので・・・あら?水?

どうやらその時代、この付近は御堀が張り巡らされていて、
ちょうどその中にシアタークリエは位置していたようです。
まさか、昔の人も、ここでお芝居やミュージカルが上演されることになろうとは
夢にも思わなかったでしょうね。

日比谷の街も散歩してみると、色々な面白いものがまだまだ見つかるかもしれません。
また見つけた時には、皆さまにご紹介しますね。
ちなみにこの案内板のある場所は・・・
080317_1055~01.jpg
ヒントは、ここから見えるシアタークリエの風景はこんな感じです!

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コメント

ともちゃんさま
コメントありがとうございます!
江戸時代がお堀だったということは、皆さまがご観劇いただく場内客席が、まさに水の中だったのですよね。とても不思議な気分になります。皆さまもご来場の際、遠い江戸時代に想いを馳せてみてはいかがでしょうか。

クリエが建つ前の時代、びっくりしました!!!水で!深い歴史情報ありがとう!!!ためになりました!!

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